自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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「実務能力」のない人に成功はない

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●ビジネス手腕にも秀でた天才たち

「ビジネスマンとは、商売や職業にがんじがらめに縛りつけられた人間のことだ。彼らは、わき目もふらず万事をただ決められた通りに運営してさえいればそれでよいのだ。

ビジネスを手際よくこなして繁栄に導くには、想像力やアイデアなどいらない。いちばん必要なのは、平凡な考えと最も狭い意味での損得計算だけだ」

批評家ハズリットはこう述べている。

 このような定義ほど一面的で誤ったものはないだろう。度量の狭いビジネスマンは確かにいる。だがそれは、科学者や文学者や法律家にも度量の狭い人間がいるのと同じことだ。そして一方には、広い心を持った包容力豊かで活動スケールの大きなビジネスマンも多い。政治家エドモンド・バークが語ったように、行商人の域を出ない政治家もいれば、すぐれた政治家の精神を持って活動する商人もいるのである

古来、偉人と呼ばれる人間は、高貴な目標を追求しながらも、生計を得るための正直で有益な仕事を決して恥だなどとは考えてこなかった。

ギリシア七賢人の第一にあげられるタレスや、アテネの第二建設者のソロン、そして数学者ヒュペラテスなどは、みな商人だった。卓越した英知ゆえに神とまであがめられたプラトンにせよ、エジプトに旅行した時には道中で油を売買して旅費をひねり出している。また哲学者のスピノザはレンズみがきで食いぶちを稼ぎながら哲学の探求を続け、大植物学者リンネは靴づくりのかたわら勉強に励んだ。

シェークスピアは、劇場の支配人としても成功を収めている。彼などは、戯曲や詩を書く才能よりもマネジャーとしての実務的手腕をむしろ誇りにしていたのかもしれない。

詩人ポープの記によれば、シェークスピアの文学修業のいちばんの目標は、正当な自活の道を得ることにあったという。実際、彼は文学的な名声にはまったく無頓着だったようだ。彼が戯曲の発表を自分であれこれ指図したとか、作品出版の認可を自分で行なったとかいう話はきいたことがない。だからこそ、彼の作品が書かれた年代はいまだ謎につつまれたままなのである。

一方、はっきりわかっているのは、劇場経営の事業で大いに財を成したという事実だ。この成功のおかげで、故郷のストラットフォード・オン・エイボンでの楽隠居も可能になったのだ。

詩人チョーサーは、若いころ軍務に就き、後には税関監査官や林野局長官として有能ぶりを発揮した。同じく詩人のスペンサーはアイルランド副総督秘書官やコーク州長官を歴任したが、実務面では抜け目のない熱心な人間だったといわれている。

詩人ミルトンも、初めは学校の教師だったが、後に出世して国策会議秘書官となった。現存する当時の議会の動議通告簿や保管されているミルトン自身の多くの所管からもわかる通り、彼はその職責を果たすため活発に働き、有益な成果を上げている。

大科学者アイザック・ニュートンにしても、一方では有能な造幣局長官であった。一六九四年にはイギリスで新しい貨幣が鋳造されたが、これは彼の直接の指揮監督下で行なわれたのである。

経済学者デビッド・リカードは、ロンドンで証券仲買の仕事を続け、かなりの富を得ながら、好きな研究にも専念した。やがて彼は正統派経済学の原理を確立するに至るが、それも賢い商人と博識の学者の両方の資質を自分の中で統一的に発展させることができたからに他ならない。

 - 6章 - 時間の知恵