自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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幸運はいつも「手の届くところ」で待っている

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●確固とした目標に向かってねばり動く勤勉に歩んでいこうとする姿勢が重要

何度もくりかえすように、われわれを助けるのは偶然の力ではなく、確固とした目標に向かってねばり動く勤勉に歩んでいこうとする姿勢なのだ。

意志薄弱で怠惰な人間、目的もなくぶらぶらしている人間には、どんな幸運も意味を持たない。彼らは、目の前をまたとないチャンスが通り過ぎても、その意味もわからずぼんやりと見逃すだけだ。

反対に、幸運の女神を抱きとめようと虎視眈々と狙っていれば、きっと驚くほどの成果が得られるだろう。チャンスは、いつもわれわれの手の届くところで待っている。問題は、それを機敏にとらえて実行に踏み出すかどうかなのだ。

ワットは、計算器具の製造に携わるかたわら化学と力学を独習し、スイス人の染物師からドイツ語を教わったという。蒸気機関車を発明したスチーブンソンも、炭坑で器機を運用しながら非番の夜は算数と測量術を学んだ。昼間も、食事どきのわずかな暇を惜しんでは石炭車の壁を黒板代わりに白黒で計算の練習を積んだ。

物理学者ドールトンにとって、勤勉は幼少のころから身についた生涯の習慣だった。彼は、わずか十二歳で郷里の村の学校に教師として勤めた。冬は授業を受け持ち、夏は父の農場で働いた。厳格なクエーカー教徒の家庭に生まれたものの、ときおり彼は友人たちと金を賭けてまで勉強を競ったほどだ。あるときなどは難問をみごとに解き、思わぬ大金を手にしたが、彼はその金で冬に使うローソクを買い備えたという。

ドールトンは死の一、二日前まで気象学の観測を続けたが、こうして彼が生涯かけて集めた資料は実に三〇万事例にも上るのである。

 - 3章 - 人生の転機を生かす力