自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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ウェリントンを大将軍たらしめた「実務能力」②

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●常識的だが的確な判断こそ大事

マラータ族との戦いの直後、ウェリントンは統治者としての称賛すべき手腕を発揮する機会に恵まれる。

戦争が終結し、ある重要地域の指揮官に任命された彼は、統率下の軍隊に厳格な規律を打ち立てることを第一日標にした。というのも、戦争の勝利にすっかり酔いしれた兵士たちは、上官の命令になど耳も貸さず、なかば暴徒と化していたからである。

「憲兵司令官を派遣して私の指揮下に入れてください。略奪者を何人か縛り首にでもしない限り、秩序や安全は保証できません」と彼は本部に書き送っている。いささか恐ろしい話ではあるが、戦地でこれほどまでに厳格な態度を貫けたからこそ、彼の部隊は幾多の戦役を生き残ってこれたともいえよう。

ウェリントンは次に、市場を復興し生活必需品の供給を軌道に乗せようとした。 ハリス将軍は総督に宛てた手紙の中で、ウェリントンの市場統制の腕前を高く評価し、こう述べている。

「彼が物資の供給に関して賢明かつ断固たる措置をとったおかげで、自由に商品売買ができるようになりました。市場には物資があふれています。商人たちもわれわれを信頼するようになりました。彼の仕事ぶりはまことにみごとという他ありません」

このように、インド滞在中のウェリントンは、一貫して細かなことがらにもよく注意を払い、あれこれと指示を与えていたのである。

非凡な指導力を買われたウェリントンは、イギリス帰国後、ただちに次の任務に回された。当時ナポレオン率いるフランス軍に占領されていたポルトガルを解放するため、一八〇八年にイギリスから援軍が派遣されたが、彼はそのうちの一万名の部隊を指揮する大任に就いたのだ。彼はポルトガルに上陸して戦い、二つの戦闘で勝利を収めた。全軍の指揮官であるジョン・ムーアの死後は、新しいポルトガル遠征軍の総大将に抜擢された。

しかしながら、半島戦争(フランス軍とスペイン・ポルトガル・イギリス連合軍との戦い)でのウェリントンは、初めのころは劣勢の憂き目を見た。一八〇九年から一三年にかけて、彼の部隊は終始三万に満たなかったが、対するフランス軍は総勢三十五万のつわものぞろいで、しかもナポレオン配下の有能な将軍たちに指揮されていたのだ。

これほどの強敵を向こうに回して、いかに戦えば勝利の可能性が開けるのだろうか?当時スペイン軍はフランス軍に平野で戦いを挑み、そのたびごとに敗北を喫していた。ウェリントンはこの事実をつぶさに見てとり、スペイン軍とは違う作戦を立てる必要があると判断した。強大な敵と互角に渡りあえる力を持った軍隊をつくり上げるのが先決だ、と悟ったのである。

これは常識的だが的確な判断だった。彼はポルトガル軍をイギリス士官の指揮下に置き、イギリス軍とポルトガル軍が共同作戦をとれるよう訓練を開始する。そして両軍の足並みがそろうまでフランス軍との無用な戦闘は回避した。

「フランス軍は戦いに勝つことに誇りを持ち、強いていえばそのためにのみ存在しているようなものだ。だからわが軍が戦いをしかけなければ、彼らの士気はくじかれるだろう。そしてわが軍が陣容を整え終わり、敵が戦意を失いかけた時に、一気に戦いの火ぶたを切るのだ」と彼は考えたのである。

 - 6章 - 時間の知恵