自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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自分から病気になった人間を治す薬はない

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●重要なのは知識自体ではなく、それを得るための勤勉と努力である

自己修養をもっぱら立身出世の手段と見なすのは、実に愚劣な考えだ。ところが現実には、いくら自己修養に努めても思ったほど早く立身出世できないので落胆し、やる気をなくしている人間が多い。このような連中は、どんぐりの実を植えればそれが一瞬にして樫の大樹に成長するものと期待しているようなものだ。

彼らはおそらく知識を、売り物になる商品と考えてきたので、予想を下回る売れ行き悔しがっているのだろう。トレメンヒールの『教育報告書』(一八四〇〜四一年度版)には次のような話が紹介されている。

ノーフォーク州のある学校では生徒数が急激に減少した。ある教師がその原因究明に乗り出したところ、一つの事実が判明した。それによると、生徒を退校させた親の大部分は「教育を受ければ、自分の子供は前より楽な暮らしができるだろう」と期待していたが、実際には教育が「少しもその役に立たない」と悟り、それ以来子供の教育にムダ骨を折るのはやめにした、というのである。

自己修養に関するこのように愚劣な考えは、社会のいたるところに見受けられ、世俗のさまざまな偏見によって助長されている。人格を高め、精神を豊かにする原動力であるはずの自己修養が、ややもすれば人を追いぬくための手段や知的遊戯の道具として見られがちなのだ。

ベーコンの言葉を借りれば、「知識は、ものを売って金もうけをするための店舗ではなく、人間を救済するための豊かな倉庫」である。働く者が地位や身分を高めていくのは確かに立派なことだ。だが自分自身を犠牲にしてまでそうすべきではない。物質欲を満たす道具として精神を利用するのは、実にさもしいことだ。

人生の成功は、知識ではなく勤勉によって得られる。立身出世が果たせないからといって不運を託ち、泣き言を並べるのは、その人間が心の貧しい小人物だという証拠に他ならない。

詩人ロバート・サウジーは、このように愚劣な連中を手きびしく批判している。助言を求めてきた友人への返書に、彼は次のように書いた。

お役に立てるなら助言もしましょう。しかし、自分から進んで病気になった人間を治す薬などないのです。善良で賢い人でさえ、時には世間に腹を立てたり世をはかなんだりするかもしれません。でも自分の義務をきちんと果たしている人なら、決して世の中に不満を抱きはしないはずです

 - 8章 - 自己修養