自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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心にしみる真実の言葉 〜フランシスコ・ザビエルの物語〜

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●フランシスコ・ザビエルの物語

剣の英雄と同時に、キリスト教伝道の英雄も忘れてはならない。彼らは、人生に絶望し堕落した人々を救い出そうとの一念で、世俗の名誉には目もくれず、崇高な自己犠牲の精神を発揮して仕事に打ちこんだ。不屈の勇気と忍耐を備えた彼らは、貧困に耐え、危険を冒し、疫病の流行する地方を歩き回った。どんな苦労や災難にもめげず布教に専心し、たとえ殉教者となろうともむしろそれを喜びと誇りをもって迎えたのである。

その一人に、フランシスコ・ザビエルがいる。高貴な家に生まれた彼にとって、快楽や権勢や名誉を手に入れることなどわけもなかった。だが、彼はその生涯をかけて、身分や地位よりも大切なもの、金もうけよりすばらしいものがあることを証明した。

ザビエルは、行動においても心がけにおいてもまことの紳士だった。他人の言に左右されたり口車に乗せられたりしやすい性質ではあるが、逆に人を導き説得するのもうまく、忍耐と意欲にあふれた精力的な人間であった。

二十二歳の時、彼はパリ大学の哲学教師をして生計の糧を得ていたが、そこでロヲラと知り合い、二人で新しい宗教組織イエズス会を創設する。そして、ザビエルはイエズス会の一団を率いて、ローマへと巡礼に旅立った。

そのころ、ポルトガルの国王ジョアン三世は、自国の勢力下にあるインド地域にキリスト教を植えつけようと考えていた。宣教師として、初めはボバジラという人物が選ばれたが、病気にかかってその役目を果たせなくなり、再度の人選の結果、ザビエルに白羽の矢が立てられた。

ザビエルはぼろぼろの法衣をつくろい、祈禱書だけを携えてただちにリスボンに向かった。そこから船で東洋へと出発する。インドのゴア行きのその船には、現地へ派遣される千名の守備兵が総督と共に乗り合わせていた。専用の船室があてがわれていたにもかかわらず、ザビエルは航海の間ずっと甲板で暮らした。ロープの束を枕に眠り、水夫と食事を共にした。水夫への面倒見もよく、退屈な毎日をまぎらすちょっとした遊びを考案したり、病人の世話を引き受けたりしたので、彼はたちまち水夫の心をとらえ、尊敬を受けるようになった。

ゴアに到着したザビエルは、移住者や現地人の間に堕落と腐敗がはびこっているのを見て大いにショックを受けた。移住者は文明の光の届かないこの地に数々の悪徳をもたらし、現地人もわれ先にと悪い見本を真似しようとするていたらくだった。

そこで彼は、鈴を鳴らしながら街の通りを歩き、子供たちを自分のところへ勉強によこすよう訴えて回った。まもなく集まってきた大勢の生徒に、彼は毎日根気よく神の教えを説いた。同時に、病人やハンセン病患者、さまざまな苦しみを持った人のところを訪れてはその悲しみを和らげ、彼らを「真理」へ導こうと努力した。

人々の苦しむ声を聞くと、何をおいてもザビエルはそこへ駆けつけた。たとえば、マナール地方の真珠採りの人々が悲惨な生活にあえいでいることを知ると、そこへ出向き、鈴を高らかに鳴らしては慈悲の心を呼びさますのだった。彼は洗礼を行ない、神の教えを説いた。その心にしみいるような説教により、困窮と苦しみのどん底にいる人々に救いの手が差し伸べられたのである。

●熟した実は多いが、それをもぎ取る人は少ない

ザビエルは鈴を鳴らしながら海辺を歩き、町や村を巡り、寺院や市場を訪れた。そして現地人に、集まって自分の話を聞くようにと呼びかけた。教義問答や使徒信条、モーゼの十戒、主の祈りなどの聖句がザビエルの手によって土地の言葉に翻訳された。彼はまず自らがそれを暗記し、子供たちが暗証できるまでくりかえし聞かせた。さらに子供たちの口から親や近所の人たちにまで伝えてさせた。

コモリン岬では三十名の伝道師が任命されたが、彼らはザビエルの指導のもとに三十の教会を開いた。もちろん、教会とはいっても粗末きわまりなく、大部分は小屋の上に十字架を立てただけのしろものであるが・・・・・。

以上のような布教活動は、ザビエル自身の言葉によれば「まるで予期せぬほどの大成功を収めた」という。純粋でひたむきで、称賛すべき生き方と、行動からにじみ出る説得力のおかげで、ザビエルの行くところキリスト教への改宗者が相次いだ。彼に会い話を聞いた人たちは、強い力に引かれるようにその説に共鳴し、知らずしらずのうちに彼の熱意に包みこまれていくのだ。

熟した実は多くとも、それをもぎ取る人間が少なすぎる(教えを受ける者は多いが、教えを施す者はあまりにも少ない)」ことを痛感しながらも、ザビエルは次の目的地マラッカと日本へ船を向ける ― 。

そこで彼を待ち受けていたものは、別の言葉を話すまったく新しい種族だった。彼にできることは、せいぜい病人を看護し、床を整え、涙ながらに祈り、時には法衣の袖を水にひたして絞り、したたり落ちる水滴で死に行く者に洗礼を施してやることぐらいだった。しかしながら、この勇敢なる真理の兵士は希望の灯を高く掲げ、何ものをも恐れず、信念と活力をもってひたすら前進した。

死やいかなる苦行が待ち受けていようとも、一つの魂を救うためには、たとえ一万回でもその中に飛びこむ覚悟がある」と当時の彼は語っている。

飢えや渇き、困窮、さまざまな危険と闘いながら、ザビエルは愛の伝道を続け、疲れることを知らなかった。だが十一年間にわたる布教活動の末、中国へ渡ろうとした彼はついに熱病に冒され、その光栄ある魂を神に召されていく。彼ほどひたむきで自己犠牲と勇気に貫かれた生涯を送った人間は、恐らく二度と現われないだろう。

 - 5章 - 意志と活力