自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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学校の成績では計れない天賦の才能

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●熱心に打ち込み努力する才能

アメリカ合衆国総司令官ユリシーズ・グラントは、自分の母親からさえ「役立たずのグラント」と呼ばれていた。それほどまぬけで不器用な少年だったのだ。

また、リー将軍が片腕としていちばん信頼していた副官のストンウォール・ジャクソンは、若いころはもっぱらノロマで通っていた。ウエストポイント陸軍士官学校に入学しても頭の回転は相変わらず遅かったが、その分人並み以上にねばり強く勉学に励んだ。宿題を出されると、中途半端で妥協せず完全にマスターするまで取り組んだ。また、知ったかぶりをするような真似もしなかった。

ある友人は、当時のジャクソンについて次のように述べている。

「その日の暗記問題について教官から質問されると、彼はいつも″その問題にはまだ手をつけていません。昨日と一昨日の課題をマスターするのに一生懸命だったものですから″と答えていましたよ」

こうしてジャクソンは、七十名のクラスを十七位で卒業した。入学時の成績はおそらく最下位のはずだから、五十三名の生徒を追い越したわけだ。「学校が四年制ではなく八年制だったら、彼は文句なく首席で卒業しただろう」と同期の生徒は口をそろえて語っている。

慈善事業家のジョン・ハワードも劣等生の典型で、学校にいた七年の間、勉強らしい勉強は何一つしなかった。発明家スチーブンソンが若いころすぐれていた点といえば、砲丸投げとレスリング、それに熱心に工作に打ちこんでいたことくらいである。

著名な化学者ハンフリー・デイビーにしても、他の少年に比べてさほど賢かったわけではない。「私が担任だった当時、能力の面ではそんなに秀でているとは思えなかった」とは恩師カーデューの回想だが、デイビー自身も後年「学校で怠け放題に遊んだのがかえって自分には幸いした」とまで述べている。

発明家ワットについては、早熟だったという話がまことしやかに伝えられているが、実は彼も学業のほうはパッとしなかった。だが彼は、忍耐というすぐれた長所を持っていた。このねばり強さと、徐々に芽生えた発明の才のおかげで、ついに彼は蒸気機関を完成させるに至ったのである。

 - 8章 - 自己修養