自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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「真の知識」と「にせの知識」

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単なる知識の所有は、知恵や理解力の体得とはまったくの別物

今日では、活字文化の重要性がいささか誇張されすぎるきらいがある。

たとえばわれわれは「図書館や教育施設がたくさんあるから、人間は大きな進歩を遂げてきた」と考えがちだ。だが、そのような施設がむしろ高い自己修養の妨げとなる場合さえある。金持ちが必ずしも寛大ではないのと同様、立派な図書館があり、それを自由に利用できるからといって、それで学識が高まるわけではない。立派な施設の有無にかかわらず、先人たちと同じように注意深くものごとを観察し、ねばり強く努力していく以外に、知恵と理解力を獲得する道はない。

単なる知識の所有は、知恵や理解力の体得とはまったくの別物だ。知恵や理解力は、読書よりもはるかに高度な訓練を通じてのみ得られる。 一方、読書から知識を吸収するのは、他人の思想をうのみにするようなもので、自分の考えを積極的に発展させようとする姿勢とは大違いだ。

つまり、いくら万巻の書物を読もうとも、それは酒をちびちび飲むような知的たしなみにすぎない。そのときは快適な酔い心地を味わえるものの、少しも心の滋養にはならないし、人格を高める役にも立たない。

読書を自己啓発の手段と思いこんでいる人は多い。だが実際には、本を読んで時間つぶしをしているだけの話だ。この暇つぶしに何か有益な点があるとすれば、せいぜい悪事を働くゆとりをその人から奪うことくらいなものだ。

もう一つ忘れてならないのは、本からいくら貴重な経験を学んだとしても、しょせんは耳学問の域を出ないという点だ。それに反して、現実生活から得た経験は真の知恵となる。わずかな知恵でさえ、膨大な量の耳学問よりはるかに値打ちが高い。

政治家ボリングブロークはこう述べている。「直接的にせよ間接的にせよ、われわれをよい人間、ひいてはよい国民に高めていけないような学問は、もっともらしく仕組まれた精神のままごとである。そんな学問から知識を得たところで、それはまさしく無知を学ぶことに他ならない」

 - 8章 - 自己修養