自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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劣等生列伝 〜ニュートンからナボレオンまで〜

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●聡明な大人になった劣等生たちの物語

少年時代は名だたる劣等生でいながら、聡明な大人に成長した人物は多い。

画家ピエトロ・デ・コルトーナは実に愚鈍な子供で、周囲から「ろばの頭」とあだ名をつけられていた。詩人トマソ・ギーデイも「うすのろトム」と呼ばれていたが、熱心に努力した結果、後には卓越した名声を勝ち取るようになる。

学校時代のニュートンは、成績はビリから二番目だった。ある時、彼は自分より頭のよい生徒にけとばされたが、勇気を奮ってその生徒にケンカを挑み、こてんばんにやっつけてしまった。この時からニュートンは、ケンカだけでなく学業面でもその相手に勝とうと決心し、猛然と勉強しはじめ、ついにはクラスのトップに躍り出たという。

聖職者にも、幼少のころは早熟とはほど遠かった人間が多い。たとえばアイザック・バローは、チャーターハウス・スクール時代から有名だったが、それは彼が勝ち気でケンカ早く、希代の怠け者だったためである。彼の所業は両親にとっても悲しみの種で、父親などは「神が自分の子供のうちの誰かを引き取ってくださるなら、いちばん見こみのないアイザツクにしてもらいたい」とまで願っていたほどだ。

劇作や政治の分野で天才の名をほしいままにしたシェリダンも、少年時代には人並みのオ能すらなかった。母親は、彼を家庭教師に紹介する際に「手に負えないトンマですが」とわざわざいい添えたという。

詩人ウォルター・スコットも、学業はからつきしダメなケンカ好きの少年だった。エジンバラ大学入学後も、「彼はいまのところ劣等生だが、それは将来も変わりはしないだろう」と教授から妙な太鼓判を押される始末だった。

軍人で政治家のロバート・クライブも、若いころは落ちこぼれだった。ただ彼は、悪さやいたずらをする時でさえ旺盛な活動力を発揮した。彼が船でマドラスヘ行くと決まった時、厄介払いができたといって家族は大喜びした。しかしクライブは、その航海をきっかけに自分の生きるべき方向を見出し、ついにはインドにおけるイギリスの勢力拡張の基礎固めに成功するのである。

ナポレオンとウェリントンも愚鈍な少年で、学校ではまつたく目立たない生徒だったという。ナポレオンの子供時代を知っているダランテス公爵夫人は、「体だけは丈夫でしたが、それ以外は他の生徒とちっとも変わっていませんでしたわ」と述べている。

 - 8章 - 自己修養