自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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心の中で増殖しつづける若き日の教え

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人間の言動は、あとあとまで何らかの形で他人に波及していく

両親の人格は、行動を通じて子供の人格に反映する。日々示される両親の愛情や規律、勤勉や自制心などは、耳から学んだ知識を忘れ去った後も子供の心に生き、その行動を決定する。

親の無言のふるまいや無意識のまなざしでさえ、時には子供の性格に一生ぬぐいがたい印象を植えつける。すばらしい両親の生き方を思い出して悪の誘惑を断ち切った人間は多いはずだ。彼らはおそらく、恥知らずな行動に走ったりいやらしい考えにふけったりすれば、両親の美しい思い出を汚すことになると悟ったにちがいない。

慈善事業家ファウエル・バクストンは、立身出世を呆たしてからも母親宛てに次のような手紙を書き送っている。

「子供のころ母さんから教えこまれた誠実さや道徳心という美徳を、いまでも決して忘れません。とくに、他人のために何かしてあげようとするとき、母さん譲りの美徳を強く感じずにはいられないのです」

バクストンはまた、自分が並々ならぬ恩義を受けた猟場の番人アプラハム・プラストウにも、感謝の気持ちを忘れなかった。若いころ、バクストンはこの男と狩りや乗馬を楽しんだ。プラストウ自身は無学で読み書きのできない男だったが、生まれつき分別をわきまえ、機知に富んでいた。バクストンはこう述べている。

「彼が何よりすぐれていたのは、誠実と名誉を生活の信条としていたことだ。私の母が留守の時でも、母に知られると具合の悪いような言動は絶対になかった。いつも高潔の見本のようにふるまい、私たち若者の心に純粋で寛大な精神を吹きこんでくれた。私にとって彼は、人生で最初の、そして最良の師であった」

以上のように人間の言動は、あとあとまで何らかの形で他人に波及していく。これは打ち消しがたい厳粛な事実だ。どんな人間でも、われわれの生活に多少とも感化を及ぼし、知らずしらずのうちに影響を与えている。

立派な行動や言葉は、それが結局は実を結ばないものであっても、いつまでも人の心に生きつづける。悪しき行動や言葉の場合も同じだ。まったく取るに足りない人間でさえ、その言動はよい手本と悪い手本のいずれかに分類される。

人間の精神は不減である。それは、われわれと共に生き、われわれと共に歩みつづける。政治家ディズレーリは、同僚リチャード・コブデンの死を悼み、下院で次のように演説した。

「コブデン氏はすでに故人となられたが、現在もなお下院議員の一人である。議会の解散や選挙民の気まぐれ、そして時間の経過と無関係に、氏はわれわれの心の中に永遠に生きつづけるだろう」

ディズレーリの言葉に端的に表われているように、人間の生命は決して死に絶えない。この世に一人きりで生きている人間などいない。社会の中では、人は必ず互いに持ちつ持たれつの関係にあり、各人の行動の善し悪しが、現在はおろか将来の社会全体の幸福や繁栄を左右していく。

現在は、その根を過去の中に持ち、祖先の生活と手本はわれわれにいまなお大きな影響を及ぼす。同時に、われわれの日々の行動も子孫の人格形成に貢献している。現代に生きる人間は、それに先立つ幾世代の文化によって育てられた果実に他ならず、はるか遠い過去とずっと先の未来とを行動と手本によって結びつける磁石の役割をになっている。

人間の行動は、完全に滅びたりはしない。たとえ肉体は露のごとく消え去っても、善悪の行動はそれぞれに相応の実を結び、将来の世代に感化を与えていくだろう。

人間が生きていくことの大きな責任と危険とは、まさにこの重大かつ厳粛な事実から生じるのである。

 - 9章 - 素晴らしい出会い - 人生の師・人生の友・人生の書