自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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逆境を「逆境としない」生き方

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●習うより慣れろ

社会に偉大な業績を残した人間でも、その長年の労苦がなかなか世間から認められなかったという例は多い。彼らのまいた種は、時には冬の深い雪の下に埋もれてしまい、うららかな春の訪れの前に彼ら自身の生命がつきてしまうことすらある。

経済学者アダム・スミスは、うらぶれたグラスゴー大学で研究に専心し、『国富論』を著して社会改良の種をまいた。だが彼の研究が社会で実を結ぶには、その後七十年もの歳月が必要だった。そして今日に至っても、彼の学問の成果がすべて刈り取られたとはいえないだろう。

しかし、どんな逆境にあっても希望を失ってはならない。いったん希望を失えば、何ものをもってしてもそれに代えることはできない。しかも、希望を捨てた人間は人間性まで堕落してしまう。

希望を失わず失意のどん底から立ち直って立派な業績を残した人間の例を、われわれは次に見ていくことにしよう。

●“神がかり的な情熱”はどこから生まれるか

アメリカの鳥類学者オーデュボンは、ある事件のためにあやうく研究を断念せざるを得ないところまで追いつめられた。彼は次のように語っている。

「あのとき、心が打ちひしがれるほどの困難に直面していながら、それを乗り越えることができたのは、おそらく自分の研究に“神がかり的な情熱”を持っていたからだと思う。当時の自分のがまん強さは、まさに“神がかり”という言葉でしか表現できない。

事件というのはこうなのだ。そのころ、私はケンタッキー州ヘンーダソンという村で暮らしていたが、フィラデルフィアに用事ができて、しばらく家を留守にすることになった。当時、私はいろいろな鳥の姿をスケッチしていたのだが、その絵は二〇〇枚近くに達していた。そこで出発前にその絵を全部注意深く木箱に詰め、親戚の者に預けた。もちろん、貴重な研究資料だから、くれぐれも傷ついたりしないようしっかり保管してくれと頼んでおいた。

フィラデルフィアでの仕事は数ヵ月間かかった。ようやく村に戻り、二、三日体を休めた後、私は例の木箱を受け取りに行った。宝物のように大切にしている自分の絵と再会できるのは実に幸せな気分だ。箱が取り出され、ふたを開ける・・・・・。

ところが、箱の中には何とつがいのドブネズミが主人然とした顔で居座り、おまけに子ネズミまで生まれているではないか。私の絵はすべてズタズタに食いちぎられ、子ネズミの寝床にされていたのだ。

一瞬のうちに頭に血が上り、わけがわからなくなった。あまりのショックに神経がすっかりやられたのだろう。その場で倒れてから三日三晩、私はベッドに伏したままだった。その間はまったく茫然自失の状態にあったようだ。

けれども、そのうちに私は自分の体や心が動物的本能ともいえるような力で満たされるのを感じるようになった。その力は、私を仕事へと駆り立てずにはおかなかった。とうとう私は、充とスケッチブックと鉛筆を携えて森へ出かけた。あんないまわしい事件などなかったかのごとく陽気な気分だった。

そして再び、私は猛烈な勢いでスケッチを始めた。絵は、以前のものよりきっと上手に描けていると思う。しかも三年もしないうちに私は、失った絵を償って余りあるほどたくさんのスケッチを完成させることができたのだ」

●倒れるたび力をつけて立ち上がる人

ニュートンの飼い犬ダイヤモンドが、机の上に立ててあったローソクを何かのはずみで倒し、貴重な書類が一瞬のうちに灰になってしまったというのは、あまりにも有名な話だ。長年の研究の成果が跡形もなく失われたショックで、ニュートンはその後しばらくの間、健康を害し、理解力もかなり減退したという。

歴史家トマス・カーライルにも似たような体験がある。

彼は、その著『フランス革命』第一巻の原稿を友人の一人に貸し与えた。ところがその友人は、原稿を居間の床に置いたまますっかり忘れてしまった。数週間の後、印刷工から原稿を催促されたカーライルは、使いの者に取りにやらせた。ところが友人が預かったはずの原稿は、その家の女中が反古(ほご)紙だと思いこんで、暖炉の火をおこすために燃やしてしまったのである。

ことの顛末(てんまつ)を聞いたカーライルの胸中は想像に難くない。だが、もはやどうすることもできなかった。彼には、再び机に向かってペンをとるしか道は残されていないのだ。記憶の糸をたぐり、すでに忘れかけた内容や表現を思い起こしながら、彼は一からやり直しはじめた。最初に書いていたときは執筆の喜びもあったが、同じものをもう一度仕上げるとなると、それは苦痛と煩悶以外の何ものでもない。

だが、カーライルはそのつらさに耐え、最後まで仕事をやり抜いた。カーライルのこの経験は、固い決意さえあればたいていの目標は成就できることをわれわれに教えている。

 - 2章 - 忍耐 努力が苦でなくなる法