自助論 全エピソードまとめ

自らを律し、成功を勝ち取ってきたサッカー日本代表の本田圭佑選手。彼の愛読書であるサミュエル・スマイルズの自助論の全エピソードを掲載しています。

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考えてばかりいないで実践してみる

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●ジェンナーに学ぶ行動の重要性

ハーベーに劣らぬ辛酸を味わったのが、天然痘の予防法を発見し、それを世間に広めようとしたエドワード・ジェンナーである。

当時はすでに牛痘(牛がかかる痘瘡)の存在が知られており、彼が生まれたイギリスのグロスターシャー地方で牛の乳絞りをしていた女たちの間では「牛痘にかかったものは天然痘にかからない」という説が広く流布していた。だが医学界では、その説は根も葉もないくだらぬうわさにすぎないと片付けられ、誰もその真偽を確かめようとはしなかった。ジェンナーがこの問題に注目しはじめたのも、元はといえば偶然のきっかけからであった。

若いころ、ジェンナーはソドベリーである医者の助手として研鑽(けんさん)を積んでいたが、そこへたまたま村の娘が診察を受けにきた。医者が天然痘だと診断すると娘は驚いたように首を横に振った。「天然痘ですって!? そんなはずないわ。だって私、牛痘にかかったことがあるんですもの」

何気ない娘の言葉に、ジェンナーの心はたちまち釘付けにされた。そしてこの問題に関して、すぐさま調査と観察を開始する。

彼は、牛痘が天然痘に予防効果を持つのではないかとの見解を同僚の医師たちに打ち明けた。だが彼らは、その考えを一笑に付しただけでなく、そんな突飛な説を振りかざして同業者を困らせつづけるなら医者の世界から追放するしかない、と彼を脅したほどだった。

その後、ジェンナーはロンドンにおもむき、名医ジョン・ハンターのもとに弟子入りする。それは、彼にとって幸運なできごとであった。彼がハンターに自らの見解を話すと、この高名な解剖学者はこう答えたという。

「考えてばかりいないで実践してみなさい。ただし、忍耐強く正確にやってみることだ」

ジェンナーはこの忠告に勇気づけられた。学問研究の神髄とは何かを、ハンターの言葉を通じて悟ったのだ。

彼は郷里に戻った。そして医者の仕事をするかたわら、その後二十年の間、天然痘予防の研究を続ける。彼は自分の発見の正しさを信じていたゆえ、息子にも三度にわたってワクチンの接種を試みた。

ついに研究の成果を公にするときがきた。ジェンナーは二三人の予防実験に成功して天然痘の伝染を防いだ。それを70ページの本に詳細にまとめ、一七九八年に発表した。彼が種痘について明確な考えを持ちはじめたのは一七七五年だから、この日のために二〇余年間を研究に捧げてきたのである。

●谷間の道を歩むような静かな生活

ジェンナーの発見はどのように受け取られたのだろうか?

初めは黙殺され、ついで露骨な敵意が巻き起こった。

種痘の効能を説き、それを広めようとロンドンにおもむいたジェンナーは、当時の医学界から総スカンを食らい、三ヵ月近くもムダな努力を続けた揚げ句、すごすごと郷里へ引き上げざるを得なかった。

それだけではない。ジェンナーの意図は歪曲されて世間に伝わり、誹謗と中傷にさらされた。「奴は、牛の乳から出る病菌を人の体に植えつけて、人間を動物に堕落させようとしている」というのだ。牧師たちは、種痘が「魔法妖術のたぐい」であると非難した。種痘を受けた子供は「牛のような顔に変わり」「額がはれて角が生え」「声まで牛の鳴き声とそっくりになる」といううわさが、まことしやかに伝えられた。

ある村で最初に種痘を受けた男は、外を歩いていると村人から石を投げつけられ、家の中へ逃げこまざるを得なかったという。

だが、ジェンナーの方法には確かな効き目があるため、こうした激しい反対にもかかわらず、種痘を信じる物の数はしだいに増えていった。二人の身分ある女性、デューシー夫人とバークリー伯爵夫人の名は後世に語り継ぐほどの尊敬に値する。というのも、勇敢にもこの二人は、自分の子供たちに種痘を受けさせたからだ。貴族階級のこうした行為は、当時の偏見を打破する糸口となったのである。

このようにして、医学界の風向きも徐々に変わってきた。種痘の重要性が認められるようになると、ジェンナーの成果を横取りしようとたくらむ医者まで現われた。だが、結局はジェンナーの主張が勝ち、彼は種痘の最初の発見者として世間の尊敬を集めることになる。

ジェンナーは成功の頂点に達した後も、不遇な無名時代の謙虚さを失いはしなかった。「ロンドンに移り住んで医者を開業すれば、年収一万ポンドは固い」と勧められたとき、彼はきっぱりと拒絶した。

「若いころから私は、谷間(たにあい)の道を歩むように静かでつましい生活を求めてきました。それなのに晩年のいまになって、どうしてわが身を山頂へ運んでいけましょう。富や名声をめざすのは、私に似つかわしい生き方ではありません」

 - 3章 - 人生の転機を生かす力